0 そして 梵我一如の概念を受け取る
こんばんは。
今日は、マヤ暦では19日に1度巡ってくる絶対拡張KINと言われる幸運日でした。
さらに銀河の音1が巡ってきているため
意思決定をしたり、実際に新しいことを始動すると大きく発展する
背中を後押ししてくれるような強いエネルギーが流れる日。
みなさん、いかがお過ごしになられましたでしょうか?
私は一昨日、奥秩父に鎮座される関東でも屈指の霊気・神気に満ち溢れる神社様
「三峯神社」様のお朔日参りに行ってきました。
実は、こちらの神社様については心友からの誘いがあるまで全く知りませんでした。
ただ、以前から時間ができたら彼女と一緒に旅行がしたいなと思っていたので
忙しい彼女からの思いがけぬお誘いを受け、その日に即決。
この小旅行までわずか2週間という、今までで誰かと一緒に旅するのに
ここまで最短計画は初めてのことでした。
何かを求めるわけでもなく、相手に要求するわけでもなく、
上からの啓示のように「呼ばれ」、そして無意識のレベルで「受け取る」
そんな感覚でした。
4月とは思えない、真っ白な雪がハラハラと舞うこの山道を10キロほど歩き
神様の元にたどり着きました。
これも、神聖な場所へ行く浄化儀式の一つでしょうか。
ところどころ霧もお出迎え。
不思議なことに
「きつい」「辛い」「寒い」などのネガティブな思考は一切起こらず
足がどんどん前に前に進んでいき、車も人もどんどん追い越していく
かといって慌てているわけでもない
何かに導かれているような今まで感じたことのないような感覚でした。
終着点から下を見下ろし、
よくこの雪道を超ハイスピードで歩いてきたと驚いてしまうくらいでした。
まるで雪国・・・・
威厳ある2匹の狛狼
我が家の愛犬によく似ていてびっくりしました。
東照宮を彷彿させるような色鮮やかな本殿。
見事な龍神様がいらっしゃいました。
これがよく取り上げられている、突如現れた赤目の龍。
その真偽はともかくとして、お会いできたことに感謝。
近年、神社仏閣への参拝はご利益を受ける為、半ば他力本願的な思考で
取りざたされることがとても残念です。
本来、一番大切である事、それは
「日頃の感謝の気持ちをお伝えしに行く神聖な場所」
であることを前提に、
そこに伺う為の氣構えを普及していくべきではないかなと個人的には思います。
お朔日参りで有難く受け取るお守りには、その氣構えが大切です。
「氣をいただき 氣を身につける」
「白い氣守」
深い深い意味が込められています。
この日、私は、春分の日に受け取った「梵我一如」の概念と再び出会いました。
「梵我一如」(ぼんがいちにょ)とは、古代インドをルーツとし
神と宇宙そして人間との関係についてを表している言葉で
宇宙とはブラフマン(梵(ぼん)):元来バラモンの祭祀でたたえられた賛歌や祈祷句
であり、大宇宙の本質を表す抽象概念とされ、
それとは対照的に人間を小宇宙とみなし
その概念として「アートマン(我)」と認識されるようになりました。
そしてこの両者を総合し、一元化するという、哲学的・神学的課題が生まれました。
それがヒンドゥー教のウパニシャッド哲学と呼ばれているもので、
「アートマンはブラフマンである」という梵我一如説が説かれていきました。
ヒンドゥー教は、人間を「小さな神」とみなしています。
これは、「大きな神」である宇宙の一部が私達人間であることを意味しています。
私が大切にしているマヤ暦でも、人間は宇宙の一部であるという概念があるため
宇宙の原理原則である、「愛と感謝」の気持ちで日々過ごしていると
まるで宇宙と一体化したような、思いもかけぬギフトを頂けるという考え方に
とても似通っており、大きな大きな悟りを受け取りました。
「氣をいただき 氣を身につける」
受け取ったことに、心から感謝の気持ちを述べさせていただきます。
ここから更に精進して参ります。
いつもありがとうございます。
愛と感謝の気持ちを込めて・・・・
マーサより